【脇見恐怖症 克服体験談】中学2年で発症した私が抜け出せた本当の理由

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この記事でわかること

  • 脇見恐怖症が中学2年生のある日突然始まった、きっかけと「1本の線がつながった」感覚の正体
  • 「治そう・なんとかしよう」と必死になればなるほど、症状が悪化してしまう理由
  • 意識の向き先を変えることが、脇見恐怖症を手放す唯一のカギだとわかったザッキー自身の体験
  • 「授業中、隣の人を見てしまうかもしれない…」

そう思った瞬間から、授業がまともに聞けなくなった。下を向いて、教科書を顔に近づけて、なるべく視界に何も入らないようにしていた。早く終わってくれ、その気持ちだけで毎日をやり過ごしていた。

そんな経験、あなたにもありませんか?

ザッキー

こんにちは、WaReKaRaゼミ代表「対人不安解消の専門家」ザッキーです

今回は普段のように何か知識をお伝えする形式ではなく、僕自身の体験談をお話しします。脇見恐怖症で悩んできた過去のこと、何がきっかけで楽になっていったのか、そのリアルな経緯を包み隠さず語ります。

僕が経験してきたことが、今苦しんでいるあなたに「自分だけじゃなかったんだ」と思ってもらえるきっかけになれば嬉しいです。

脇見恐怖症になったきっかけ|中学2年生の教室で起きたこと

脇見恐怖症になったきっかけ|中学2年生の教室で起きたこと

小学校から中学2年まで|内気だった僕に起きた変化と発症のきっかけ

小学校の頃の僕は内気なタイプでした。自分から積極的に話しかけることが苦手で、どちらかというと受け身で話を聞くだけ。サッカーをやっていたんですが、チームメイトに指示を出すことも、声を出すことも苦手で、ミスをするたびに怒られる側でした。

いじめのようなことをされていた経験もあって、小学校時代は「自分はコミュニケーションが苦手なんだ」という感覚がずっとありました。

そんな自分を変えたいと思って、中学1年生になった時に少しだけ積極的に動くようにしてみたんです。自分から友達に話しかける、授業中に手を挙げる、そういう小さなことを意識し始めた。その甲斐あって、中学1年生の時はわりと楽しい学校生活を送れていました。

問題は中学2年生になってからです。

ある時から、視界がぐっと広がるような感覚が出てきました。特に気になったのは、隣の席に座っている女の子。当時は男女が席をくっつけるスタイルで、すごく距離が近かったんですよね。なんとなく可愛いなと思って気になっていたような子だったので、授業中にちょっと意識してしまうことはあったんです。

最初は「好きだから気になるだけかな」くらいに思っていました。

でも、そのうちにその感覚が少しずつ変わってきました。「好きだから意識する」ではなく、「見てしまうかもしれない、怖い」という感覚に変わっていったんです。

そして、ある日。僕がその子を意識すると、なんとなく向こうもちらっとこちらを見る気がしました。そしてため息をついた気がした。なんとなくそういう気がした、が積み重なって、頭の中で「自分が意識しているから、相手も反応しているんだ」という1本の線がつながってしまったんです。

今思えば、それは思い込みだったんだと思います。仮に実際にその子がため息をついていたとしても、それが僕の視線のせいだったとは、今は思いません。でも、悩みの渦中にいる人には、そう思えないんですよね。偶然の一致が、自分にとっての動かぬ証拠になってしまう。

決定的だった休み時間の出来事

決定的なことがあったのは、休み時間でした。

隣の女の子たちが少し離れたところでこそこそ話していて、ちらっとこちらを見るような気がしました。その光景が僕には「あ、視線がおかしいことバレてる」「悪口を言われてる」に見えてしまったんです。

その瞬間から心臓がバクバクして、もう授業なんてまともに聞けなくなりました。「意識するな、意識するな」と思えば思うほど、その子のことをロックオンしてしまう感覚で…。気づけば隣の子だけじゃなく、クラス全員が、先生まで、全部が気になるようになっていました。

脇見恐怖症がひどくなると日常生活がどう変わるか

脇見恐怖症がひどくなると日常生活がどう変わるか

学校でも家でも苦しくなり、「なんとかしなきゃ」が悪化につながった

脇見恐怖症が悪化してからの毎日は、本当につらかったです。

授業中は下を向いたまま、顔を上げることができない。教科書を顔の近くに持ってきて、周りの視界が入らないようにする。それだけで精一杯で、体もどんどん固まっていく感じがありました。汗もかいてくる。「早くこの時間終わってくれ…」、その気持ちだけ。

でも、困ったのは授業だけじゃなかったんです。

友達とカラオケに行けば、みんなが同じ画面を見ている。自分の視線がおかしいんじゃないか、どう見られているんだろう、そのことばかり気になってカラオケが全然楽しめない。給食の時間も顔を上げるのがしんどい。

そして、家に帰っても終わりじゃありませんでした。家族と一緒にテレビを見ていても、「自分の視線がおかしいんじゃないか」が頭に浮かんでくる。家族に対してまで、そう思うようになってしまった。

みんなが楽しそうにしている中で、自分だけがこんなに苦しい。あの頃の強烈な自己嫌悪は、今でも鮮明に覚えています。

当時の僕は「なんとかしてこれを治さないと、自分は生きていけない」と本気で思っていました。

でも今振り返ると、それがいちばんよくなかったんです。「なんとかしなきゃ」と思えば思うほど、脇見恐怖症に意識のエネルギーを全部注ぎ続けることになる。結果として、どんどん深みにはまっていくんです。

高校受験の時期が特につらかったです。人生のターニングポイントなのに、集中して勉強できない。授業も先生の目が気になってまともに聞けない。それでもなんとか受験を乗り越えて、行きたい高校に進学することができました。

高校でのデビューを決意。主体的に動き始めた転機

高校でのデビューを決意。主体的に動き始めた転機

高校に入る時に、「ここで変わろう」と決意しました。いわゆる”高校デビュー”です。

高校デビューというと、どこか馬鹿にされるようなニュアンスで使われることもありますよね。でも僕にとっては、そういう表面的な話ではありませんでした。このまま何もしなければ、ずっと苦しいままかもしれない。だから少しでも自分から動いてみようという、切実な気持ちからの一歩だったんです。

恥ずかしさや怖さはあるけど、無理をしてでも自分から友達に話しかける。怖いけど、女の子にも勇気を出して話しかけてみる。授業中は下を向くんじゃなくて、休み時間に仲良くしていれば授業中に気になっても変に思われないはず、そう思って少しずつですが積極的に動き始めました。

この「主体的に動こう」という気持ちが、実は根本的な変化の入口になっていたと、後から気づきます。

そして、高校時代、初めて彼女ができました。

これが僕にとってすごく大きな自信になりました。「別に女性に嫌われているわけじゃないんだ」と実感できた体験だったんです。そこから少しずつ、女性への漠然とした恐さが和らいでいきました。

小さな体験でも、自分の中の証拠が変わっていくと、見える世界が少しずつ変わるんですよね。

脇見恐怖症が和らいだカギは意識の向き先を変えることだった

脇見恐怖症が和らいだカギは意識の向き先を変えることだった

脇見が気にならない時を分析すると、主体的に動いている時だとわかった

このように、自分なりに変わろうとして、人との関わり方を少しずつ変えようとしていましたが、ある時から「このまま脇見とずっと戦い続けるのはしんどいな」と感じるようになりました。

ずっとこのことだけを考えて人生を終えてしまうのは嫌だ。むしろ、こんなに考え続けることが、悪化している原因なんじゃないか。そう感じ始めた時に、自分なりに考えてみたことがあります。

「どういう時に脇見が気になって、どういう時に気にならないのか」を、自分で分析してみたんです。

気になる時は、授業中、電車の中、みんなが同じ方向を見ている場面など。
気にならない時は、自分から話しかけている時、友達に積極的に関わっている時、何かに必死になっている時など。

気づいたのは、自分から動いている時、つまり主体的に関わっている時は、脇見がほとんど気にならないという事実でした。

高校時代の僕にとって、それを実感させてくれたのがサッカーでした。

授業はやっぱりしんどい時があった。でも「授業が終わったら部活でサッカーができる」という楽しみがあった。そしてサッカーをしている間は、夢中でボールを追いかけて、自分から声を出して、視界を広く使う。

あの時の感覚をうまく言葉にするなら、視界を自由にしていい、どこを見てもいいという解放感でした。

「視界を制限しなくていいんだ」「どこを見てもいいんだ」そう感じられる時間が、脇見恐怖症の苦しさから解放される瞬間だったんです。

その体験から、「これって克服の入口になるんじゃないか?」と思い始めました。

意識の向き先を変えることで、日常でも飲み込まれにくくなった

そこからは意識的に、脇見以外のことに意識を向けるようにしました

電車の中で気になりそうになったら、スマホでサッカーの動画を見る。友達とはサッカーの話をする。学校では下を向いて避けるんじゃなくて、勇気を出して自分から話しかける。

やみくもに脇見を治すことに全力を注ぐのをやめて、自分が夢中になれることに少しずつ意識を流していくことを始めた。これが、じわじわと効いてきました。

今僕が運営しているWaReKaRaゼミの名前の由来も「自分から殻を破る」です。外から誰かに変えてもらうんじゃなくて、自分の内側から主体的に動いていくこと。あの高校時代の気づきが、ゼミの根っこにあるんですよね。

心理学を学んで初めてわかった、悩みの正体

悩んでいた当時の僕が一番苦しかったのは、「自分が意識するから相手も反応するんだ」という確信でした。

悩みの渦中にいると、本当に偶然の一致まで全部自分のせいに見えてしまうんです。相手がため息をついたのも、ちらっとこちらを見たのも、全部自分の視線のせいだという結論になってしまう。

高校時代から、僕は心理学の勉強を始めました。これが大きなターニングポイントでした。学んでいく中で、当時の自分の受け取り方は、心理学の言葉でいえば認知の歪みの一つである自己関連づけに近かったのだとわかるようになったんです。

本来は自分と関係があるとは限らない相手の反応まで、「自分のせいだ」と結びつけて受け取ってしまう。
しかも、いったんそう思い込むと、ため息や視線の動きなど、自分にとって都合の悪い材料ばかりが目につくようになる。これも心理学で確証バイアスという名前があります。
そうして「やっぱりそうなんだ」と確信が強まっていく。この流れも、今振り返るとすごく苦しかったなと思います。

でも、心理学を学んだことで、「これは自分だけに起きているおかしなことなんじゃなくて、人間の心の働きとして起こりうることなんだ」と少しずつ理解できるようになりました。ただただ「自分はダメだ」「おかしい」と自己嫌悪に陥り続けるのではなく、「これはこういう仕組みで起きている現象なんだ」と捉えられるようになると、少し心が楽になっていったんですよね。

それまでは、「こんなことで悩んでいるのは自分だけなんじゃないか」という孤独感も強くありました。でも、心理学を学ぶことで、人は不安が強い時ほど物事をゆがめて受け取りやすいことや、苦しみ方にはある程度の共通したパターンがあることも見えてきた。そうすると、「自分だけが変なんだ」という感覚が少しずつやわらいでいきました。

当時の僕にとって、心理学の勉強は生き甲斐の一つでもありました。脇見恐怖症と戦うためだけではなく、「人間ってこういうものなんだ」を知るための学びとして続けていたことが、結果として非常に役に立ちました

脇見恐怖症と上手に付き合うための、具体的なセルフケア

脇見恐怖症と上手に付き合うための、具体的なセルフケア

ここまでお話ししてきたことは、「主体的に動くこと」「意識の向き先を変えること」という大きな考え方です。でも正直に言うと、これだけで症状がゼロになるわけじゃありません。

不安の波は何度もやってきます。社会人になってからも、デスクワークで隣の人が気になる場面はありました。

その波が来た時に、僕が実際にやっていたこととして主なものは3つです。

  • 緊張してきたなと感じたら、まず深呼吸をする。体を少し緩める
  • 「見てしまったかも、気づかれたかも」と感じたら、「本当にそうかな?自分の思い込みじゃないかな?」と自分にツッコミを入れる
  • 体が丸まってきたら、少し背筋を伸ばして、視線を固定させるんじゃなく周りをゆっくり見渡してみる

これらは、脇見を治す方法というよりは、意識の向き先を変えるという大きな土台の上で、一つ一つ試してきたセルフケアです。土台がある上でこそ、こういった具体的な方法が効いてきます。

以前との大きな違いは、不安の波が来ても「飲み込まれにくくなった」ということです。

脇見恐怖症を完全になくす、ゼロにする、という目標を持っていた頃は、少しでも症状が出るたびに「やっぱり治ってない…」と落ち込んでいました。でも考え方が変わってから、不安が来ても「あ、また来たな。じゃあ深呼吸してみようか」という感じで流せるようになっていった。

仕事で気になる時も「この場でどう貢献できるかな」「自分の仕事に集中しよう」と意識を切り替えることが、一番の助けになりました。

「ゼロにする」じゃなくて「うまく付き合いながら、自分のやりたいことを少しずつ優先していく」。この心構えが、気づいたら脇見恐怖症の悩みが薄くなっていたという変化につながっていくんです。

まとめ|脇見恐怖症の悩みに、人生のエネルギーを全部使わないでほしい

脇見恐怖症で悩んでいると、まるで「これさえ解決しなければ自分の人生は前に進めない」という感覚になりますよね。でも、少し俯瞰してみると、脇見恐怖症はあなたの人生のうちのたった一つのことです。

あなたには、もっとやりたいことがある。もっと面白いことがある。興味があること、夢中になれること、大切にしたい人、行ってみたい場所。そういうものが、脇見恐怖症の悩みと同じくらい、いやそれ以上にあるはずです。

「自分は悩んでいて、ダメな人間だ…」じゃない。悩みを抱えながらでも、自分のやりたいことに少しずつ意識を向けていける人間なんだと、自分に許可してあげてほしいんです。

完全に治ってからじゃなくていい。不安を全部消してからでもなくていい。

ちょっとでも興味があること、好きだなと思えること、ほんの少しでいいから、そっちに意識を向けてみてほしいんです。それだけで、少しずつ人生が変わっていきます。

僕がそうでした。サッカーという夢中になれることがあったから、授業の苦しさを乗り越えられた。心理学という知的な楽しみがあったから、悩みの渦中でも前を向けた。

今あなたが感じている苦しさは、本物の苦しさです。でもその苦しさは、あなたの人生の全部じゃないんです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし「一人では続けるのが難しいな」と感じているなら、WaReKaRaゼミというオンラインコミュニティがあります。脇見恐怖症・視線恐怖症・対人不安で悩む仲間が全国から集まって、一緒にワークに取り組んでいます。一人で抱え込むより、同じ経験をした仲間がいる環境で動き始める方が、ずっとラクになれることも多いです。

そして、いきなりゼミはちょっとハードルが高いという方には、3日間の無料動画講座をご用意しています。

僕自身の脇見恐怖症の克服体験と、大勢のクライアントとカウンセリングを通じて見えてきたことを凝縮した内容です。今は無料でお届けしていますが、将来的に有料化する可能性もあります。気になっている方は、今のうちに登録しておくことをおすすめします。

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